去る7月24日にラインホルト・フリードリッヒ氏のミニコンサートと公開レッスンがありました。直ぐ次の日にでも出したかったのですが、更新する時間が無く、だいぶ時間が経ってしまいましたが、今回はこのレッスンを聞いて感じたことを書いてみようと思います。
とにかく終始納得のいくことばかりでしたが、特に強調していたポイントについて書いてみたいと思います。
まず第一に息の流れが大切だということ。彼はいろいろなことに例えて説明しようとしていましたが、水の中の抵抗に対抗して押していくのではなく水面を滑るように息が流れないといけないということを強調していました。そして背中の下、腰骨の直ぐ上のところを触ってここから息が流れ出ると説明していました。まさに呼吸筋の交差点、インプルスの場所です。またどの受講生も下降形のフレーズの時アンブシュアが開いてしまって地声になる傾向がありましたが、音が下がっても(あるいは高くなっても)息は同じ位置で流れているようにイメージをしなさいという言い方をしていました。これはチコヴィッツさんのアイデアですね。開いて地声になってしまえば、横隔膜が上がってしまい、息の流れが無くなり、響きが急に沈んでしまいます。これを息の流れをどんな音域でも最優先にするというアプローチで解らせようとしていました。
第二に自分の頭、体に共鳴させるというイメージを持つということ。この感覚を持つことが、とても助けになるはずだ。楽器はクソ(直訳!)だから何にもしてくれない、自分の体の中の状態が重要なんだよ。」と言っていました。それに通訳の英助さんは訳しませんでしたが、頭声(Kopfstimme)という言葉も使っていました。「頭声で、ファルセットで歌ってみなさい」と。もちろん彼も自分で歌って見せます。そしてこめかみを押さえながら「ここが共鳴(振動)するんだ」とも。その時の状態は藤井先生がこぼれ話に書いている通りちゃんと頭声になっています。実際に聞いた方は分かると思いますが、彼が言う歌とか声のイメージとはまさにあの声なのです。我々日本人が一番気を付けなければいけないポイントです。頭や体に共鳴させるイメージを持つということは別の言い方をすればタンギング地点よりも後ろに響きを設定するということですね。
三番目はひとりの受講生が下腹を突きだして思いきりいきんで、例の強制深呼吸で吹いていたのですが、フリードリッヒさんはどうするかなあと見ていたのですが、ある程度吹かせたところで、「あなたの立ち方は間違っています」ときっぱり言いました。その立ち方だと肺の下葉から中葉、上葉へと息が入っていかずに胸が持ち上がらないと説明してくれました。そしてモーリスアンドレさんを引き合いに出し、ひざや大腿四頭筋を指して柔軟に使えるようにしておくことが重要だと付け加えていました。強制深呼吸を立ち方から説明していたので、受講生は単に立ち方の問題として捉えてしまうと彼の言いたかったことが理解できなくなってしまうでしょう。
以上のところ技術的なことを書いてきましたが、私が受講生に痛切に、そしておそらくフリードリッヒさんも感じたであろうことが別にありました。それは、どういう音で、どういう音楽をやりたいのかというイメージが無いということです。「バッハの音楽だったら皆さんもっと音楽的に演奏するでしょ?だからヒンデミットはヨハン・セバスチャン・パウル・ヒンデミットと思って吹いてみて下さい。」と言われてもバッハをどう演奏するかというイメージも無いのにそう言われてもまったく理解できない様子でした。だから彼は「とにかくイメージを持ってもらえるよう」にと前置きをして実に沢山のパッセージを吹いて聞かせてくれました。ただ上手く吹きたい、上手くなりたいというだけではせっかくの技術的なアドバイスも本当の意味を理解することが出来ないでしょう。彼が出した声と日本人一般が考える声との違い、つまりベルカントモードの音と地声モードの音の違いを区別して、どういう音でどういう音楽をやりたいから技術を勉強するのではないのでしょうか。