私たちが楽器や声で音を出そうとする時には、非常にたくさんの筋肉がバランスを取り合って音を出しています。自分で意識するしないにかかわらず筋肉が上手く働いてくれなければいくら良い音楽を心の中にもっていても良い音は出ません。ではどうしたら筋肉は上手く働いてくれるのでしょうか。我々が音を出す為に使っている筋肉の多くは楽器を吹くためだけに備わっているわけではありません。そのほとんど全ては普段は全く別の目的のために演奏時とは異なるバランスで働いています。これらの筋肉を良い音を出すために使うためには脳からそれぞれの筋肉に命令することが必要になります。しかしたくさんの筋肉にいちいち命令しながらでは演奏なんか出来ませんよね。そこで必要なのがイメージです。しかしイメージというものは実態のないものですから単なる想像で、絵に書いた餅、あるいは暗示と考える人もいるようです。しかし何かをイメージした結果、音や体、アンブシュアの感じが何となく変わったという経験は皆さん一度はお持ちだと思います。そういう時は「何となく変わった気がする」だけでなく筋肉バランスにも変化が起きているのです。つまりイメージするということは筋肉に間接的に命令をしているということなのです。「筋肉はイメージによってしか動かない」と言ったアメリカのトランペット教師もいます。せっかく良いイメージを持っていてもこのことを解っていなければイメージを実現させるために何かをしなくてはいけないと考えたり、力ずくでやろうとしたりしてかえってうまくいかなくなってしまいます。
楽器を練習したり教える場合ほとんどのイメージは言葉です。言葉というのは人間にしかない非常に強力な伝達手段です。ですから言葉のイメージによって上手く筋肉が働いてくれたり反対にうまくいかなくなる場合もありますので、自分でさらったり人に伝える時には言葉をよく吟味しないといけませんね。また音を聞いてイメージを持つということも音楽をやる者にとっては大変重要なことです。
よく「基礎練習をしている時はイメージできるのに実際の曲になると上手く出来ないんです。」という相談を受けます。基礎練習ではイメージしながら体にそのバランスを覚えさせ、実際の曲の中では音楽のことだけを考えて吹けるようになれば理想的ですが、体というのはそう簡単には覚えてくれません。目の前に譜面があると、書いてある音符に一生懸命になりがちです。曲を演奏する時でもまず第一にイメージを最優先させたほうがかえって冷静に譜面を見ることが出ると思います。

先日トランペットの名手ラインホルト・フリードリッヒさんのレッスンを見る機会がありましたが、彼はレッスンの中で徹底してイメージで自分の言いたいことを伝えようとしていました。もちろん彼は理論的なことはちゃんと知っていますし、説明出来ます。私には「喉頭の位置が下がらなくてはいけない」とか「横隔膜が常に下がっていないといけない」というように理屈を話していました。しかし生徒には決してそういった直接的な言葉ではなくイメージと自分の音を聞かせて伝えようとしていました。彼の生徒の多くはヨーロッパ中のオーケストラのオーディションに次々と受かっています。彼は超一流の演奏家であることは皆さんもご存知だと思いますが、大変な名教師でもありました。名演奏家=名教師というのは案外いないものです。改めて彼を尊敬しました。

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