腹式呼吸って?

管楽器を演奏したり歌を歌ったりするときに、よく耳にするのが腹式呼吸という言葉です。胸式は悪い呼吸、腹式は良い呼吸というのが一般的な解釈でしょう。では腹式呼吸とはどういう呼吸のことでしょう?

お腹に空気を入れるやり方?しかしどうやっても空気はお腹には入りませんよね。
また皆さん手のひらをお腹に当ててみて下さい。・・・いまどこを触っていますか?
おへそのあたり?それともおへその下?あるいはみぞおちのあたり?お腹といっても人それぞれ思っている場所が違っているわけで、人それぞれ息を入れる場所もまちまちだということです。また息をどこに入れるかという論議が多く、実際に音が出る時、すなわち息を吐く時のことはほとんど論議されていません。つまり腹式呼吸というのは実は非常に曖昧なのに、自分は正しい呼吸をしていると信じ込んでいる人が多いのではないでしょうか。腹式呼吸という言葉は日本独特の表現であり、欧米では呼吸という言葉は使っても、腹式呼吸という言葉はまず使いません。ドイツ語でもLuft holen(息をとる)とか atmen(呼吸する)としか言いません。
私はこれまでたくさんの音楽大学の学生や、小中高生、アマチュアの管楽器奏者を指導してきましたが、腹式呼吸と言う言葉の誤解から生まれたであろうと思われる勘違いの呼吸をしている生徒にたくさん出会いました。そのほとんどが強制深呼吸と呼ばれる下腹部が膨らむ呼吸です。
横隔膜は東京ドームの屋根みたいなドーム型をしています。横隔膜が下がってくるとすぐ下にある胃袋を押し下げ、行き場を失った胃袋はみぞおちあたりで、前へ突き出してきます。このことをさして上腹部が膨らむので、腹式呼吸という名前がついたものと考えられますが、やがて伝言ゲームのように言葉だけが独り歩きをし、上腹部が膨らむはずが、お腹全体が膨らむになってしまったのではないかと思われます。
吸気時には横隔膜が下がり胸郭は広がりそして下腹部は収縮、つまり軽くへこんだ状態になります。
(へこみはあくまでも横隔膜が下がった結果として自然に生まれるもので、自分で作るものではありません。)よく「お腹で支えなさい」とか「腹筋を使って」と言われて下腹を突き出したりして踏ん張っている人をよく見かけますが、これでは腹筋を使うどころか遊ばせてしまっているので、筋肉はどんどん衰えていきますし横隔膜も下方へ引っ張られドーム型であるはずが平らになったり、やがてたるんでしまいます。そして広がって持ち上がるはずの胸郭がしぼんでぺちゃんこになってしまいます。しかしこの強制深呼吸の唯一のメリットはとりあえず喉が下がって楽になることです。喉が楽になるとアンブシュアも力が抜けて楽になったような気がします。これをやっていると自分では楽に吹けている気になりますが、実際は収縮してほしい筋肉まで弛緩してしまうので、プレスに頼ったり自分でアンブシュアを不自然に作らなければならず、だんだん調子が悪くなっていきます。このだんだんが怖いのです。誰でも急に調子が悪くなれば気がつきますが、徐々に来ると自覚症状が出たときにはかなりの重症になっています。またこの強制深呼吸をやっていると腹筋が落ち腰の筋肉に負担をかけるので、腰痛になったり、クラリネットのような抵抗の大きい楽器の場合は痔になったりすることも珍しくありません。
しかしこの強制深呼吸を教える声楽や管楽器の教師も日本には残念ながらまだたくさんいます。
ある音楽大学の私の生徒が副科独唱のテノールの先生にゲンコツで下腹部を押され「ここを膨らませろ」とまさに強制していたことがあり、本当に困りました。もし皆さんの先生がこの方法を教えているとしたら・・・。